【危険ドラッグ】 生活苦忘れたかった 職も免許も失う運転手
「ハーブ(危険ドラッグ)が切れるとゼンマイ仕掛けのゼンマイが切れたように体が動かなくなる。完全にハマっていた」--。昨年9月、危険ドラッグを吸引した直後にタクシーを運転した東京都内の男性(54)が、警視庁に道交法(過労運転などの禁止)違反容疑で逮捕される事件があった。事故を起こしていない段階での逮捕は全国初で、各メディアでも大きく報じられた。執行猶予付きの判決を受けた男性が昨年12月下旬、毎日新聞の取材に応じ、薬物への依存を深めていった経緯を明かした。
昨年8月7日午前4時過ぎ。巡回中のパトカーが、大田区田園調布の区道で蛇行や青信号での停車など不審な動きを繰り返すタクシーを見つけた。男性はハンドルを握ったままうつろな目で前だけを見つめている。
- 「ドラッグを吸ったのか?」
- 「吸いました」
職務質問する警察官に、男性は素直に認めた。ズボンのポケットからは植物片の入ったビニール袋と吸引に使う金属製のパイプが見つかった。薬物鑑定などの裏付け捜査を経て9月24日に逮捕。容疑は、薬物の影響で正常な運転ができない恐れがある状態で運転したという内容だった。
◇借金や養育費で
説明によると、使い始めたのは昨年2月ごろ。競馬などのギャンブルで抱えた約1000万円の借金返済や、離婚に伴う子供の養育費の支払いで生活が苦しく、「忘れたいことばかりだった」。目に留まったのが、池袋の行きつけの飲み屋近くにあった危険ドラッグ販売店だった。
薬事法の規制対象外(当時)だったドラッグを選び、1袋(3グラム入り、約10回の使用量に相当)3000円で買うようになった。自宅マンションでビールを飲みながらパイプで吸うと、頭がぼおっとし、早く酔えた。7月ごろからはタクシーにも持ち込み、客のいない時に車内で吸うように。「赤信号や渋滞でもイライラしなくなり、長時間勤務も短く感じられた」
◇勤務中60回吸引
発覚の前日。男性は午後1時半ごろに都内の本社をタクシーで出て、そのまま池袋に向かった。いつもの店でドラッグを買い、7日朝までに約10人の客を乗せた。ドライブレコーダーに記録されたライターの着火音などから、この間に約60回は吸引したとされる。
取り調べでは、客とのやり取りの録音も聞かされた。
- 「目的地はどの辺りだったでしょうか?」
- 「運転手さん、大丈夫?」
ろれつが回らず、会話がかみ合わない。正常でないとみられる状態で約15時間もハンドルを握る様子が残っていた。男性は「ちゃんと運転しているつもりだったのに、いつ事故を起こしても不思議じゃなかった」とうなだれた。
警視庁によると、勤務先の会社は事故時への備えだとして、当時はドライブレコーダーの記録は定期的に点検しておらず、危険ドラッグ使用には気付かなかったという。
東京地裁での判決は懲役1年、執行猶予3年。職を失い、免許も取り消し処分になる見通しで、ハローワークで職探しの日々だ。男性は「軽い気持ちで始めたが、代償は大きかった。誰かを傷つける前に逮捕されたことだけは幸運だったかもしれない」と語った。
◇警視庁、取り締まり強化
警視庁によると、男性が使用した危険ドラッグ(通称名・NM2201)は大麻に似た作用があり、陶酔感や多幸感が得られるという。しかし、意識障害などの健康被害を引き起こす薬理作用は大麻の約10倍とされる。逮捕時は規制の対象外だったが、昨年11月、薬事法の指定薬物に追加された。
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の舩田正彦・依存性薬物研究室長は「危険ドラッグは依存性があり、どのような成分が含まれているか不明な物も多い。非常に危険」と警告する。
昨年6月、JR池袋駅近くで乗用車が暴走し、8人が死傷した事件を受け、警視庁は取り締まりを強化。男性のように、薬物の影響で正常に運転できない恐れがあると確認できれば、道交法(過労運転などの禁止)を適用して逮捕したり、ドラッグを所持した運転免許保有者に対し、事故や違反がなくても最大で6カ月間の免許停止処分としたりする運用を始めた。同法を適用し、今月8日時点で20人が逮捕・書類送検されている。
via – 毎日新聞